三七墨会2017

今年もまた、この時期がやって来ました。そうです、昭和37年卒業都立墨田工業高等学校電気科3年4組クラス会。
毎年恒例になっているこの会が、何故こんなに続くのかと言うと。
先ずは、常任幹事の3人が、世話をやいてくれるおかげ。会場と会計の中里くん。クラス会事務処理の飯塚くん。そして、ウォーキングコンシェルジュの佐野くんだ。
まあそれに、毎回参加する15~6人の常連たちである。

人間関係というものは不思議なものだ。たった3年間の同級生と、クラス会ではもう10数年のコミュニケーションになる。学生時代には、あまり話もしなかった友達も、毎年クラス会で会っていると、新しいコミュニケーションの歴史が始まり、それぞれの人間性が理解されてくるものだ。

今回のウォーキングは、浅草橋駅改札口で集合。「蔵前水の館」という東京都下水道局の資料館を見学。  次に、徳ノ山稲荷神社などを経て、

「東京都慰霊堂」にお参り。  関東大震災の犠牲者の慰霊として竣工された震災記念堂は、東京大空襲の戦災者の慰霊堂としても。

続いて「旧安田庭園」に立ち寄り。  江戸時代の大名屋敷から明治になって、安田財閥の安田善次郎の所有に。その後東京都に寄付されこの名に。墨田区に移管。

  両国橋から柳橋 へ。歩行距離は地図上3,1Kmとか。ようやく夜の宴会場、TDK柳橋倶楽部 に着く。先ずは会計。(ノミやの馬券の精算ではありません)

  いよいよ宴会の始まり。料理は和食の懐石。

  先付 穴子野菜白酢掛

  組肴 順菜胡麻辛子掛、浅利一夜干し、雲丹豆腐、アゲ巻貝塩煮、魚トマト寄せ

  向付 牡丹鱧、鰹

  御椀 伊佐木、大根、冬瓜、竹紙昆布巻

  焼物 喉黒遠山焼

  御食事 新生姜御飯

  デザート アスパラ饅頭

と、この辺になると、ビール、日本酒、焼酎、ワイン、ウイスキーとみんなアルコールがまわってきて味も漫ろ。

そして、来年の計画を発表。  仕上げは、酔っ払いのオジサンとツーショットを笑顔でこなす受付嬢の苦労を考えると、無理強いはイケマセン。さて今回は、集合写真が間に合わなかった。誰か見て、持っている人、送ってください。

今年も、もう10月

歳をとるほどに一年が早くなる。
今年も、ついに10月だ。神無月、自分の誕生月でもある。

AISINから頂いたユニークなカレンダーもあと3枚を残す。
一見横型の卓上カレンダー。よく見ると、日にちのピースにミシン目が入っていて、1日ごとにちぎってゆける。日めくりのアクションを加味した優れものだ。image-2016-10-13-at-22-49

今年の10月10日は、祝日になった。1964年の東京オリンピックの開会式の日。
体育の日として生まれた祝日。週末に絡ませて3連休にすることで、動かされた祝日は、その本来の記念日的な意味合いも忘れていき、薄れてしまう気がする。
祝日とは、無理やり移動するべきでなく、たまたま連休になることで、ありがたみも感じるというものだ。記念すべき祝日は、元に戻して欲しいと思っている。

歳をとってからの仲間たち・三七墨会2015

今では毎年恒例になっている、昭和37年度都立墨田工業高校電気科3年4組のクラス会。今年も先月の8日に無事?終了した。今回も、墨田両国界隈コンシェルジュの佐野君のリードにより、夜の部の宴会の前にひと歩き。ウォーキング付きであった。IMG_652220150707150510

両国駅の西口で待ち合わせして、まずは国技館に付属した「相撲博物館」を見学。内部は撮影禁止なので。歴代の力士の写真や、化粧マワシが飾られ、子供の頃の懐かしい感じが蘇る。

次に清澄通りの地図で、佐野君がウォーキングルートの説明。IMG_652920150707150615
両国はやはり相撲の町。チャンコ料理の店や、相撲のモニュメントが多い。IMG_653520150707150714

一行は、江戸時代から無縁仏の投げ込み寺でも有名な回向院に。IMG_653720150707150754

気持ちのいい竹に覆われた通路を行くと、
力士の力塚やペットの供養塔、災害犠牲者などの慰霊塔もある。IMG_654320150707151048

ねずみ小僧の墓もあり、墓前でなにやら一生懸命に石を削って、その粉を持ち帰るという若い男子が不思議だった。受験生とか。IMG_656220150707151134

回向院を出て、一行は裏通りに入り、日露戦争で活躍した日本海軍の駆逐艦「不知火」の錨(いかり)を観て、芥川龍之介の文学碑に。龍之介は、この地で生まれ育った。石碑には、杜子春の一説が。

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次に、今は両国公園となっている、勝海舟の生誕の地を訪れた。IMG_659120150707151308IMG_659320150707151358

そして、夜の部の宴会場である柳橋方面へ。
途中、忠臣蔵で有名な「吉良上野介邸跡」を見学。IMG_660320150707151432IMG_660820150707151511

吉良上野介の像もあり、義士の資料も展示されている。そのあと隅田川を渡り、無事に会場のTDK柳橋倶楽部へ。

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ようやく皆と合流。

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食事は、オジさん達には似合わないが、フレンチコース。ビールで乾杯したあと、ワインに。

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前回体調不良から欠席した篠原君が、見事復帰。15名の常連が一同に会した。毎年恒例のこの会も、皆が楽しみにしているのがいい。55年前にはクラスであまり口もきかなかった奴が、今では別の親しい仲間になっている。皆、来年も元気に集りましょう。

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帰りの柳橋はイルミネーションで、雰囲気が変わっていた。

三七墨会・2014

毎年恒例になった、墨田工業高等学校昭和37年電気科3年4組卒業生のクラス会。題して「三七墨会」ミナスミカイと読む。
今回は、夜の部の宴会の前に、ウォーキングをしようという提案があり、その分野でボランティアで活躍している佐野くんのリードで実現した。付き合いの良い小生も参加。

東武東京スカイツリー駅中央口で集合。浅草は雷門へと向かう。


まずは近くの、「屏風博物館」と「駿河屋」に立寄り、これは小生が墨田区の「商工業アドバイサー」をしている2件。場所を覚えてもらった。
墨田区役所の側を通り、隅田川は駒形橋を渡る。

フィリップスタルクのデザインによるアサヒビールのうんこビルと墨田区役所とスカイツリーが。一緒に観られるポイントだ。

そのあと、浅草文化観光センターへ。42年間東京に住んでいて、仲見世を上から観たのは初めての経験だった。

仲見世通りから浅草神社、浅草寺へ。
浅草神社では、3年前に三社祭の宮入の際、地元の人のお誘いで、半纏を着て参加した感覚が蘇って来た。皆に遅れをとったが、なんとか浅草神社のお札を購入。駆け出して追いつく。

西光寺で池波正太郎のお墓をお参りさせて貰った。知らない人には分からないプライベートなお墓。鬼平ファンにとつては嬉しい感激。今回は、佐野くんのお寺との繋がりでお参りできた。コネが重要な日本の社会。

近くの等光寺では、その昔、友人として交流のあった石川啄木の石碑を拝見。

そのあと、合羽橋商店街を通り抜けたあたりでは、普段あまり歩いていない2名が遅れだした。「みんな若いなぁ〜」池波正太郎記念文庫へ。

生涯学習センター前から、台東区のコミニティーバス「めぐりん」に乗って、JR浅草橋北まで。

バスに乗れて良かった〜!の顔。
ようやく会場のTDK柳橋倶楽部にたどり着く。夜の宴会参加者たちと合流。

宴会はいつもの様に進んで行ったのだが、さすがにウォーキングをしてきた連中の疲れはいなめない。いつもより酔いが早くなった気がする。

その証拠に、今回は集合写真を撮るのを忘れた。古稀を過ぎたら無理をせずに、次回はまた気楽な会になりますように。


それにしても気になるのは、参加がキャンセルになった篠原くんの体調だ。あとでメールが入っていたけど、重要な手術をして、次回は元気に凱旋して欲しい。もう一人、李くんのことは渡部くんよりの丁寧なハガキを頂きご本人の参加意志が固まるまで、そっと見守ることにしましょう。

それでは、皆さん。次回も元気にお会いしましょう。

1月31日は旧暦の元旦

旧暦の元旦は今年、1月31日だった。
新暦も旧暦も満月がほぼ15日になるという、珍しい年だと教えてくれた友人もいる。
桑沢デザイン研究所の恩師より届いた手紙は厚い茶封筒の中に、これだけのものが入っていた。現在の生きざまを示唆されたような気がする。

私自身、昨年古稀(70歳)になったばかりであるが。
「目出たきは 古稀五年後の 日の出哉」というカード。
エンちゃんも75歳になったのかと。

縦長の賀春、馬の顔も描いてある。

そして、「東庵遊人同源斎自然人」
まるで戒名の様なハンドルネームを頂いた。
多分一杯飲みながらコイツはこんな感じがいいと決められたのだろう。

短冊型の新年の挨拶を、東庵の床の間に飾ってみる。

何かピッタリとフィットして、縦長なのがいい。
やっぱり、床の間とは必要な空間だ。この馬の顔は、どこか懐かしい。
おそるべき遊人魂の老人力。人知れず引き込まれそうな魅力だ。
とにかく、高齢者が4人に一人と増えた日本。高齢者なりの知恵を出し合って、気のおけない生活のベースを作って行ければと思う。
遠藤先生ありがとうございます。

九段小学校6年3組・クラス会2013

11月16日は、前回より4年を経た小学校のクラス会。常任幹事長の河野くんが体調を崩し、代わりに今回、久々に幹事を引き受けた次第。他にも体調をくずしたクラスメイトがいたりしたので、ここは一番、懐かしい顔に出会って頂き、元気を出して貰いたいと企画。高橋さんと濱田さんにご協力いただいて、おかげで気持ちの良い時間を、出席者全員が共有出来て良かったと思います。

会場は九段小学校に近い四ッ谷の元消防会館のスクワール麹町。全館には幾つもの宴会場があって、予算もリーズナブルなのがいい。当日も大安吉日だったので、ホールでは花嫁姿も観られ和やかな雰囲気の中に始まった。

今回は、70歳。古稀記念のクラス会とも言える。還暦の時には、皆で網代の温泉に一泊。あれから10年。早いものだ。小学校の時には、自分が70歳になることなんて考えてもみなかったことだ。

開会の挨拶と、これまでにお亡くなりになった担任の先生をはじめ、物故者の名前が読み上げられ、皆でご冥福を祈った。

ついで、欠席者の返信ハガキのメッセージを読み上げる。細かい字で沢山書いて来た人、ただ「元気で〜す」というのまで様々だ。それでも返信があって安心する。3名は宛先不明で戻って来てしまった。

級長だった榎本くんに乾杯の音頭をとってもらい、恒例によって一人づつ自分の現在を話してもらう。女性はだいたい二十歳から八十歳くらいまで、自分の年齢を隠そうとすると。クラス会というのは、年齢をかくしようが無い。だから、女子も気楽に本音を言えるのだろうか。

楽しい時もあっという間に過ぎ、宴もたけなわ、中締めには、河野くんの話しと、浅草は鳥越神社の神輿かつぎ、近藤くんの三本締め。いゃあ何時聞いても景気がいいなあ。

そのあと場所を変えて二次会。そのあと、例によって三次会のカラオケまで、8時間のお付き合いでも、日帰りバスで帰って深夜には帰宅できた。やれやれ。

それでも今回、心配していた親友の元気な顔が観れたから安心した。しかし、山崎くんのカラオケは、何時聞いても素晴らしい。声が良いし、唄が上手いのは得だなぁ。。。

三七墨会2013

今年もこのシーズンがやってきました。と言っても梅雨のことではなく、毎年恒例の「三七墨会」という昭和37年卒業・都立墨田工業高校電気科3年4組のクラス会である。恒例というのは、2002年から毎年欠かさず、今年で12年連続の開催である。まったく監事の皆様には頭が下がる思いだ。しかも、今年は全員70歳、古稀を迎える記念の年。

会場は、TDKのOBの中里君に頼りっきりで、毎度おなじみTDK柳橋倶楽部。従って幹事はTDK・OBの中里君と飯塚事務局長、そして世話人の佐野君。今となっては定番の人事だ。

15分前には、すでに半数のメンバーが集っていて、最初に会費を徴収。今年の6月10日は早い梅雨入り。久しぶりの常連は今回14人。お酒の飲 み放題はいつものこと。

生ビールに始まって、日本酒は今回パスで焼酎のお湯割りにした。料理も沢山出て前期高齢者にはやはり食べきれない。

まずは飯塚事務局長からの欠席者と連絡の付かないクラスメートの現況説明から始まり、やがていつもの一人ずつの近況報告になった。

70歳は前期高齢者(65〜74)の真っただ中にあり、話題は、やはり体調の事。耳の不調、前立腺。糖 尿系と尿酸値の心配。血圧とかドクターストップなどなど、実に医療系の内容には事欠かない。前回目の不調が加わってパーフェクトだと思っていたら、まだある。膝や腰の痛みに始まって背骨のズレや、花見に行って酒を飲みトイレに行ったらオシッコが出ないで気を失い、気が付いたら病院のベッド、という強者もいた。

それでも、ボランティアや生涯学習のコーラス、そしてオモチャ病院など、地域に根ざした社会貢献をしている皆をみていると前期高齢者としての誇りに想う。そして、学生の頃はあまり話したことが無かった人達とも、この会を通じて新しい繋がりを確認出来た気がする。つまり、70歳になって12年もの間、毎年会って話しをしているうちに、若い頃とは違った新しい絆こそ感じられるこの会だと思った。タバコを吸うのは、ついに一名となった。

今回は古稀の記念として、祝いの謡い「高砂」を佐藤君が詠ってくれた。お目出度い席にはピッタリの祝い唄。中々良かった。

そしてやはり定番の集合写真。

今回も、帰りがけの恒例の受付嬢とツーショット。左手は肩には記憶している。仕事とはいえ、義理スマイルでつらい労働をさせてしまった受付嬢。毎度スミマセン。

しかし今回は新しい気付きがあった。それは、55年前からの高校時代にはあまり触れ合いが無かったクラスメイトでも、この12年間にこの会を通じて新しい絆のようなものが生まれて来ていることだ。もちろん仲の良かった友達はそのままだけれど、この会に参加することで、お互いの人間性を尊重しながら感じ合えるならば、「心」のテーマには相応しいものとなった。

70歳過ぎたら血管と内蔵の勝負。その良し悪しで長生き出来るかが決まる。皆頑張って長生きして、この会を少しでも長続きしてもらえたら嬉しい限りです。ではまた、来年に。。。

 

三七墨会2012

柳橋で一杯やる。というと随分オツな処でとなるが、いつもの高校のクラス会だ。この小さいながらも鋼鉄製の「柳橋」は出来た当時は随分と立派な橋だったのだろう。この橋も渡るのは何度目か。

昨年は震災があり、4月恒例のクラス会は自粛。半年後の忘年会として11月下旬にやったばかりだが、やはり春にもという事になり、いつものTDK柳橋倶楽部に お世話になる。従って幹事はTDK-OBの中里君と飯塚事務局長、そして世話人の佐野君。この辺は定番の人事だ。

今回は30分遅れて行ったので、もう一度乾杯して貰った。しかし、今回は春と言っても6月4日、もう初夏である。料理も旬も異なる。さらに、会場の洋食ルームはすっかりリニューアルされていて、新しく別室の様でもあった。

久しぶりの常連は今回11人。八ヶ月ぶりということか。お酒の飲 み放題はいつものこと。生ビールに始まって、赤ワイン。日本酒は今回パスで焼酎のお湯割りにした。

料理も沢山出て前期高齢者には食べきれない。やはり二時間、皆あちこちで語りまくっている。

途中から一人ずつの近況報告になった。今回は、予約のクラスメートの二人が欠席だった。齢68歳ともなると話題は、やはり体調の事。耳の不調や前立腺。糖尿系と尿酸値の心配。血圧とかドクターストップなどなど、実に医療系の内容に終始する。さらに目の不調が加わってパーフェクトだ。

そしてやはり定番の集合写真。

今回も、帰りがけの恒例の受付嬢とツーショット。左手は肩には記憶している。しかし、今回は飯塚君と一緒。さらに幹事の中里君も。仕事とはいえ、義理スマイルでつらい労働をさせてしまった受付嬢。毎度スミマセン。

また元気に来年、会いましょう。
帰りの柳橋は、すっかり夜の帳もおりて。両国橋からのスカイツリーは繊細に変化するイルミネーションが奇麗だった。日本の照明デザインもここまで来たか。。

三七墨会2011

311があって4月恒例のクラス会は自粛した。あれから半年が過ぎて、今年は忘年会として11月下旬にやろうという事になり、いつものTDK柳橋倶楽部にお世話になる。従って幹事はTDK-OBの中里君と飯塚事務局長、そして世話人の佐野君。まずは、飯塚事務局長の開会の議から始まって乾杯。いつものコースである。

しかし、今回は晩秋である。何時もの春とは違って、料理も旬のものとなれば、また趣も異なる。久しぶりと言っても常連の14人は一年ぶりだから、お酒の飲み放題に釣られて、料理などは気にならない風で語りまくっている。今回は、クラスメートの二人が亡くなったことを報告された。


齢68歳ともなると話題は、耳の不調や前立腺。糖尿系と尿酸値の心配。血圧とかドクターストップなどなど、実に医療系の内容に終始する。その手の情報には事欠かない連中だから、経験者の言葉として頼りになる。「ところで中田、お前健康食とかやってるんだろ?、どこか悪いところはないのか?」そんな時は堂々?と「花粉症がちょっと」と肩身が狭い。


ビールから始まって中盤に入ってくると、夫々の好みでウイスキーやら焼酎、日本酒を頼むことに成る。懐石料理には、日本酒が合う。飲み過ぎると次の日になって思い出しても、記憶が途切れることがある。前期高齢者の宴会は、「誰か俺のクツ、間違えてはいて行った奴いないか~」などメールが入ってくる。おじさん達は似た様なクツをはいているのです。ホーキンスのアンクルブーツで良かった。


しかし、自分でも記憶が途切れることしばしば。そんな時は、デジカメに頼る。料理に始まって色々なシーンを撮っていると、前日の経過が分かる。どんな処に行って何を撮っているかで思い出せる。しかし中には、これは何を撮ったのか思い出せない時は大変だ。今回も、幹事の中里君が送ってくれた何枚かの一枚に、受付嬢とツーショットがあった。しかも、左手は肩に。記憶になかったけれど、これはヤバい。

やがて時間がきて、おじさん達は手締めをするのです。そしてやはり定番の集合写真。
とにかく次回は恒例の花見頃、来春には体調不良でドタキャンだった大森君も参加出来るかなあ。でも酒を飲む会では心配なこともある。もう少しセーブ出来れば良いのだが。もっと歳をとって後期高齢者の集まりならば、酒を飲まないクラス会もあるのだろう。

また元気に来年、会いましょう。

おもてなしセミナーinすみだ

墨田区は産業振興の活発な感じがする。中でも、女性の異業種交流グループ「Step Up ’99」はユニークな集まりだ。東京スカイツリーの建設が進む中、墨田区を訪れる観光客が激増している中、「おもてなしの街すみだ」を目指すために、「おもてなし推進委員会」を立ち上げ、「すみだ おもてなしコンシェルジュ」認定講座 をスタートさせた。特別講師に、旭山動物園を「おもてなし の動物園」として今日の隆盛の基礎を築かれた菅野浩元園長を旭川市からお招きして講演。題して「きたの動物園~旭山のすてきな仲間達とおもてなしの心」当日何とか時間が取れたので、行ってみた。入り口のポップも洒落ていて、おもてなしを感じる。StepUpのメンバー紹介のあと、セミナーに入った。

菅野さんの話しは、流石に面白く、動物が好きなんだなーという印象と。動物を飾り見せるのではなく、動物たちが本当はどうゆう暮らし方が好きなのか、あるいはどうしたら動物の気に入った環境になるのだろうか。という視点から、夫々の動物達の望む日常の姿を見せられれば、それで良いという大きな割り切りが、ユニークな動物園として成立させられた要因であったと言う。そこには、動物への「おもてなしの心」と、それを見に来る来園者の方々への「おもてなし」が感じられた。

次に、ステップアップのメンバーの一人、古川智子さんの「おもてなしセミナー」が始まった。途中、後だしジャンケンで負ける様に出すのが難しい。そんなワークショップも織り交ぜて、おもてなしの大切さを説いて行く。歴史上の石田三成の秀吉に対するおもてなしも、その代表的な例として伝えられる。GDPで日本を抜いた中国が、まだまだ日本のサービス精神を学びたいという現実がある。日本のおもてなしは、アジアでの「クールジャパン」の一環を担うものと成りそうだ。映画「おくりびと」の放送作家の小山薫堂さんが、「アイディアとはサービスである。サービスとはおもいやりである。」そして「サプライズ&ハピネス」が信条だと言っておられた。クスッと笑える品の良い「おもてなし」が出来たらと思う。