陰暦の1月、2月、3月を三春という。初春、仲春、晩春の総称であるとか。福島県の三春町の桜は有名だが、梅の花と、桃の花、そして桜の花が同時に観られることから、その名が付いたとも言われている。
東庵の玄関先には白梅が一本植えてある。29年前の創建当初は孟宗竹を植えてみた。しかし、竹類は植木には難しく枯れてしまった。次に紅葉を植えてみた。これも根が着かなかった。三度目がこの白梅である。どうやら今のところ、毎年の2月末には開花し、三月初旬には満開になる。
京都の北野天満宮では毎年、菅原道真公の命日にあたる2月25日に梅花祭が行われ、舞妓さんによる野点にも魅力を感じる。東庵では梅花祭とはいかないが、日頃剪定をさぼっていることから、この時期には久しぶりに枝にハサミを入れて、室内に持ち帰る。
切った枝は、特別整えずに、切ったまんまを壺に活け、水を張るだけが東庵流。壺の中には秘密の仕掛けが、笠間で買った生花用の焼き物が一つ。とりあえずリビングルームに飾ってみた。
そして、夜は寝室に移動。驚かされたのは、その香りの強さである。白梅香というと、最近では漫画から実写でもヒットした「るろうに剣心」で有名になったが。その前に「鬼平犯科帳」の第5話「暗剣白梅香」がある。
親の仇を追って浪々の旅を続け、江戸に流されてきたイケメンの凄腕剣士金子半四郎が、闇の世界から鬼平暗殺の依頼を引き受ける。何度も人を切っている半四郎は、その都度血の匂いを消すために「浪花や」で販売されている「白梅香」を体に塗っている。鬼平暗殺は失敗するが、その香りが手掛かりとなってゆく。というストーリーだが、作者の池波正太郎は時代考証にも優れていて、すでに江戸時代に「白梅香」という香水が売られていたことも突止めている。
寝室の「白梅香」は、12畳の洋室を一瞬で、いい香りのするベッドルームにしてしまった。室内に飾られた枝ぶりを観て、元の親樹の葉張りを想像する。ヘッドボードの収納の上にも、枝を切った時にこぼれた花と蕾を小皿にとり、水に漬けておいた。そのおかげで、3、4日はいい香りに包まれて寝起きすることができた。
小皿の蕾も、三日後には、全部咲いていた。
梅切らぬ馬鹿という通りの「東庵の白梅」ではあるが、こうしてみると伸び伸びと枝を放ち、多くの花を付けた勢いさえ感じられた今春である。