2012/1/27 金曜日

雪の東庵

Filed under: 「住」 — touan @ 12:14:54

1月24日は日本列島に厳しい寒気が降りて来て、関東地方の何部の千葉にも雪が積もった。東庵に雪が積もったのは1年ぶりか。戸襖を開けると真っ白の雪景色だった。あわててカメラを持って撮りに外に出る。この地域では滅多にない冬の景色だ。それに、時間が経つと直ぐに溶けてしまう。暖かい千葉の雪は息が短い。

昨年、311の大震災で液状化現象による被害は受けたものの、建物自体は木造平屋の銅板葺きで軽かったため多少難を逃れた。給排水衛生設備の復旧だけ、つまりライフラインを確保しただけで、建築や外構工事はいまだにそのまま。

雪が積もると、東庵の特徴が良く分かる。というのは、屋根の形がしっかりと見えるからである。設計段階で模型を作った時、6寸勾配の銅板葺きの屋根を厚紙を切って作った感覚が蘇る。

自分では結構気に入ったデザインの屋根に雪が積もって、何時もの黒銅板葺きは真っ白な形の良く分かる屋根になっていた。雪が積もったら、とにかく外に出てその姿をカメラに収めたくなる。

浴室のトップライトは、積もった雪の隙間から青空を見せている。樋の無い軒先からは、小さなツララが垂れ下がって、日の出とともに雪が溶け出している割には、気温が低いのが分かる。

でも、冷静に景色を見つめ直すと、雪景色とは言えども雪国のそれとは異なり、そのほとんどは緑の樹の葉に薄らと雪が乗っている程度だ。ヤツデもアオキもほんの少しの時間の雪化粧である。

石出の堰には、冬鳥の鴨が。しかし今年は特に増たなあ。

2012/1/26 木曜日

雪が降った

Filed under: 「報」 — touan @ 1:23:49

1月24日は、この地域では珍しくうっすらと積もった。というのも、めったに雪の積もらない千葉県の沿岸沿いの地域では、昨年は雪の降った記憶が無い。夜中に降った雪は、朝になって何時もの景色を変えてしまう。子供の頃、それが楽しみで雪の朝には飛び起きたものである。

直ぐに外に出て、散歩に出かける。石出の親水公園の森は、うっすらと雪化粧をしていて、まるでケーキのシュガーパウダーをかけ回したみたいだ。細い枝にも雪が積もり、それが凍っているのが分かる。

東庄病院のある高台と言っても隣であるが、登ってみると一面の雪景色である。

遊歩道を降りて来て東庵を観ると、プリウスにもすっかり雪が積もっていて、スキー場から帰って来たみたいだ。この雪は東京でも夜の11時からたった1時間に4cmも積もったという珍しい積雪でもあると言う。

しかし、雪景色とは良いものだ。何もかも真っ白に包んでくれるのは北国のこと、南の千葉では、浅い雪化粧とでも言うべきか。

2012/1/25 水曜日

お雑煮

Filed under: 「食」 — touan @ 23:17:14

今年の正月は、元旦早々から人が来てくれて、賑やかに過ごした。親戚に電話するのも忘れて正月を過ごしたのは久しぶりだった。今年はまた、スキーに行かなかったので、年賀状の住所録が少し整備された。いつもは酷いものだと反省する。
正月と言えばお雑煮である。何はともあれ雑煮を食べれば正月の新しい気分も味わえ、新年の清々しい心構えも出来ようというもの。しかし、このお雑煮は、日本列島狭しといえども、実に各地によって異なるものだ。

東庵の近く、銚子においては雑煮の餅は、油で揚げた揚げモチを使う。いかにも汁にコクが出て美味そうだ。関東でも色々あり、江戸前は実にシンプルな大根とニンジンを花形に型抜きしたのが入った昆布だしベースのお吸い物だ。東庵の場合はそこに玄米餅が入る。

屠蘇も近所の酒屋の山田屋で貰ったものを味醂に浸けたが、やはり甘過ぎて五人娘で割って頂いた。正月は、やはり日本酒がいい。おせち料理にも合うし気分も日本酒のほうがピッタリと合う気がする。でも赤ワインも、焼酎もウィスキーもいいけれど。
結局アルコールが入っていれば何でも良いということに成る。やっぱり飲んベイと言われてもしかたないか。今年の正月もいい気分で過ごしていく。

2012/1/21 土曜日

年越しそば

Filed under: 「食」 — touan @ 12:12:11

もっと戻って年越しそば。

毎年の大晦日は年越しそばを近くの林屋に買いに行く。北海道産のそば粉を石臼で挽き。手打ちでそばを作る。このあたりでは農家の大家族が多い中で、二人分という小さなパッケージを毎年用意してくれている。今年も買い求めては、大晦日の年越しそばを食べることにした。

汁もセットだから手間はかからない。レシピが一枚付いていて、大きめの鍋でお湯を沢山沸かしてそばを入れたらサッと上げる。とにかく30秒くらいか。

子供の頃、親が毎月晦日そばというのを食べていた。その時、家族はみんな喋ってはいけないというルールのもとに、黙って食べた覚えがある。

茹で上げて、冷たい水にとり、もみ洗いしてざるに盛る。

食べてみると、やはり日本そばは美味い。産地がどうの、打ち方がどうの、茹で方がと色々あるが、切ってから時間が経っていないこともある。そんな時、「鬼平犯科帳」によれば、長谷川平蔵の懇意のそば屋が新そばを打って役宅に届けに来て、
そば打ちから時間が経ってしまったら、酒をかけまわして茹でれば良いと。

このあたりで麺が一等旨いのは神栖市の京七のうどんだけれど、おらが村の東庄では林屋のそばが逸品だ。とにかく大晦日は「年越しそば」である。

2012/1/20 金曜日

2012正月

Filed under: 「報」 — touan @ 12:54:00

1月20日にもなって、正月のことをどうこう言っても、何とも遅い時間のズレを感じてしまうが、江戸時代には15日までが松の内とされていた。そのこともあるのか東庵の周辺では、松飾りを15日まではずさない家もある。

ものぐさな自分の性格にピッタリの風習は直ぐに取り入れることにしている。今年は16日の朝にお飾りを外した。11日の「どんと焼」には間に合わないから、薪ストーブで燃やした。燃えない陶器のエビの飾りとかをはずすと、ワラと紙はゴウゴウと音をたてて勢い良く燃えた。

お供え餅は、年末に銚子のイオンで買った小さな置物。トップに龍の飾りが載っていて、何とも漫画チックだ。正しい大人の日本人が来客の予定がないので、今年はこれで間に合わせた。

それでも今年初公開というものもある。昨年9月に新宿のOZONEで監修させて頂いた、「ジャパニーズ・オーガニックライフ展」の時、ディスプレイに使ったオーガニックな置きタタミを購入して、年末の大掃除のあと古いタタミと敷き変えたのである。お正月は何か新しい物を身に着けるとか、子供の頃に良く言われた風習があった。年末に貰った新しいセーターなど、「お正月までお待ちなさい」と。

まあそんなわけで、今年はずるずると新年を過ごし、このまま一年が経ってしまうのかも知れない。そんなことじゃダメじゃんと言われそうな、本の原稿も迫って来ているし大変だ~。。

2012/1/8 日曜日

2012年、年頭のご挨拶

Filed under: 「報」 — touan @ 18:01:44

いつもブログを観て頂いてありがとうございます。

ついに2012年が明けました。あるいは漸く明けたと言った方がいいかも知れません。昨年は3月11日に大震災があったからか、自分が年を取ったせいもあって、一年が過ぎるのがいつもの年よりとても早く感じられました。
800年に一度という大震災に遭遇したこと、そしてまだ人生を続けられていること。何とも言いようのない想いにとらわれます。
そして東庵も罹災しました。液状化現象によるものです。(詳しくはブログ・アーカイブ)忙しさにかまけて、ライフラインは復旧したものの、それ以外はそのままにしています。
一時は復興をあきらめて東京に逃げ帰ってしまおうかとも思ったりしました。
しかし、テレビで再三放映されている東北の罹災者たちの、それでも諦めないど根性を見せつけられた時、逃げてはいけないんだと思いました。自分もこの地で頑張るべきだと覚悟も出来ました。
3・11をきっかけに日本は今、現代人の暮らし方の、地球人としての新しいアイデンティティーを示すべき時が来たと思われます。それは、日本という国が先駆けて経験し、それを克服した時、その方法こそが地球上のあらゆる国の人々のこれからの生き方にヒントを示せるものになるのだと思います。
奇しくも昨年10月で、地球人は70億人を越えました。70億人が現在の日本人と同じ生活をすると、地球は2.5個必要になるとのことです。
今日本で、これからの生き方をどうするかが問われています。私としては、2010年に亡くなった文化人類学者の梅竿忠夫の研究が気になっています。
いまだに余震が続いている現在、早く新しい価値観で暮らして行く様に、大地から催促されているようです。

本年もどうぞよろしくお願いします。

平成24年1月元旦
中田重克

2011/12/19 月曜日

久しぶりの大阪・法善寺

Filed under: 「旅」 — touan @ 17:51:38

宗右衛門町から右に折れて、居酒屋などが点在する横町に入る。明るい表通りの街路灯が無く、暗い裏道に置き看板が目を引く。このしっとりとした暗さがいい。陰影礼参の四文字が頭をよぎる。

B級グルメの大阪代表は串カツ。寄ってみない手はない。カウンターに腰掛け生ビールとスタンダードなコースを注文した。バットにたっぷりの特性ソースとキャベツ盛り。早速きたビールをゴクリ、串カツをガブリ、大阪の味だ。目の前のメニューを張り出した壁もビジュアルしている。

軽く終わらせて、また暗い路地に出る。そこは法善寺横町だった。店々の置き看板が灯りの暗い横町を歩いて行くと、奥に法善寺があった。水掛不動尊にお参りして、オミクジをひいたら末吉だった。持って買える。酔っぱらいのおじさんたちや、観光客らしき人達で、お参りは耐えない。

となりを観ると「夫婦ぜんざい」があった。あの大阪らしい物語の森繁久彌と淡島千景の映画が思い出される。関西の日本情緒とはああゆうものかと、子供心に感じたモノクロ映画だった。せっかくだから「ぜんざい」を一人前頼む。出て来たのは二つのお椀に分けられた一人前。これを独りで食べるのか。あとから入って来た中年のペア。なんと男性の方が足りないからオカワリを頼んだ。箸休めには塩昆布。

店を出ると、水掛不動尊にお参りする人が並んでいる。お賽銭を入れては苔の生えた石像のお不動様に、柄杓で水を掛けてお祈りしていた。薄暗い路地裏の日本情緒豊かな法善寺横町。ここも大阪らしさの一つとしてその文化を連綿と受け継いでいる。昭和35年、藤島桓夫の「月の法善寺横町」という歌謡曲がヒットした。その頃と何も変わっていない様に感じるのは、私だけだろうか。

このまま、ずうっと続いて行って欲しい。

2011/12/17 土曜日

久しぶりの大阪・道頓堀

Filed under: 「旅」 — touan @ 22:37:56

(社)日本インテリアデザイナー協会の副理事長を仰せつかって任期2年も残すところあと5ヶ月となった11月の末。喜多理事長の町起こしに関わる丹波篠山のギャラリーKITA`Sで理事会を開催することとなった。集合時刻が早いので一日前に大阪に一泊することにした。梅田に近いホテルだけれど、夜になって地下鉄で難波まで出てみた。

街はクリスマス商戦が始まっていて、元気のいい商店街はイルミネーションに輝いている。まるでラスベガスのアーケードを思いおこすほどだ。木曜日の夜でも人出の多い商店街を抜けて、道頓堀まで歩く。
道頓堀は、橋や水辺を中心に大幅にリニューアルされていて、水辺に近い散歩道やクルーズの船着き場など、観光にも意欲的だ。変わっていないのは、ネオン。関西の、大阪の名物グリコのネオンを観ていると、東京よりずっとビジュアルの要素が強い。それだけストレートな表現から内容伝わって来る気がする。

宗右衛門町の道筋に入る。かつて20代の時、デパート関係の仕事で、大丸とそごうの仕事をするのに、1ヶ月近くもホテルに泊まり込んで、良く遊びに来たことを懐かしく思い出した。ここも大きくビジュアルがストレートに出ていて、刺激的だ。たこ焼きのタコの立体も迫力。おもわずたこ焼きを買ってみる。大阪の味だ。

パチンコ屋があった。ドラゴンという店の名前のとおり龍のレリーフが凄い。まさにポップアートだ。ちょっと漫画チックだけど来年の干支なので、年賀状に使いたいくらいだ。


久しぶりの大阪は、忘れていた関西のビジュアル要素の持つパワーを思い出させてくれた。大阪は今もなお進化していて、東京よりもずっと商業都市として感じられ、その伝統は確りと守られている感じがした。

つづく

2011/12/16 金曜日

三七墨会2011

Filed under: 「心」 — touan @ 18:05:49

311があって4月恒例のクラス会は自粛した。あれから半年が過ぎて、今年は忘年会として11月下旬にやろうという事になり、いつものTDK柳橋倶楽部にお世話になる。従って幹事はTDK-OBの中里君と飯塚事務局長、そして世話人の佐野君。まずは、飯塚事務局長の開会の議から始まって乾杯。いつものコースである。

しかし、今回は晩秋である。何時もの春とは違って、料理も旬のものとなれば、また趣も異なる。久しぶりと言っても常連の14人は一年ぶりだから、お酒の飲み放題に釣られて、料理などは気にならない風で語りまくっている。今回は、クラスメートの二人が亡くなったことを報告された。


齢68歳ともなると話題は、耳の不調や前立腺。糖尿系と尿酸値の心配。血圧とかドクターストップなどなど、実に医療系の内容に終始する。その手の情報には事欠かない連中だから、経験者の言葉として頼りになる。「ところで中田、お前健康食とかやってるんだろ?、どこか悪いところはないのか?」そんな時は堂々?と「花粉症がちょっと」と肩身が狭い。


ビールから始まって中盤に入ってくると、夫々の好みでウイスキーやら焼酎、日本酒を頼むことに成る。懐石料理には、日本酒が合う。飲み過ぎると次の日になって思い出しても、記憶が途切れることがある。前期高齢者の宴会は、「誰か俺のクツ、間違えてはいて行った奴いないか~」などメールが入ってくる。おじさん達は似た様なクツをはいているのです。ホーキンスのアンクルブーツで良かった。


しかし、自分でも記憶が途切れることしばしば。そんな時は、デジカメに頼る。料理に始まって色々なシーンを撮っていると、前日の経過が分かる。どんな処に行って何を撮っているかで思い出せる。しかし中には、これは何を撮ったのか思い出せない時は大変だ。今回も、幹事の中里君が送ってくれた何枚かの一枚に、受付嬢とツーショットがあった。しかも、左手は肩に。記憶になかったけれど、これはヤバい。

やがて時間がきて、おじさん達は手締めをするのです。そしてやはり定番の集合写真。
とにかく次回は恒例の花見頃、来春には体調不良でドタキャンだった大森君も参加出来るかなあ。でも酒を飲む会では心配なこともある。もう少しセーブ出来れば良いのだが。もっと歳をとって後期高齢者の集まりならば、酒を飲まないクラス会もあるのだろう。

また元気に来年、会いましょう。

2011/11/29 火曜日

焼き芋の季節

Filed under: 「食」 — touan @ 10:48:41

今年は、秋になっても記録的暖かさだったり、11月も小春日和ばかりだったけれど。さすがに月末ともなると千葉と言えども冷える日が続いている。出かけてばかりのこの2年間だったので、庭や土手の草も伸び放題。ようやく休みを見つけて久しぶりに草刈りをやった。

“ながら”エクササイズというのが流行っている。日常の家事をしながら、ダイエット運動をするという。私の場合は、”太極拳草刈り”。平地の草を刈る時に、刈り払い機を移動する時に太極拳の足さばきで行なうというもの。下半身に負荷がかかるが、腰と目線の高さが一定なので、案外とトレーニングにいい。土手の斜面の場合は無理。

一通り刈ったら、草を集めておく。2~3日乾燥させて、焚き火をする。この時には焼き芋が、後の楽しみになる。近くの鎌形農園の無農薬の「ベニコマチ」を洗ってから水を切って、アルミホイルで包む。焚き火の草も燃えてから下火になった頃合をみて、まだ熱い灰の中に放り込んでおく。火が消えても充分に余熱があるから、30分もすると蒸し焼になっている。

部屋に持ち帰って、ホイルをはがし、アツアツの芋を割ってみると、中はまっ黄色のホクホクしたサツマイモ。甘くて旨い。「栗(九里)より旨い十三里」とは良く言ったものだ。焚き火の残り熱にくべた焼き芋は、石焼き芋にヒケはとらない。遠赤外線の効果である。

草刈りをしてヤキイモを喰う。今年も秋がとっぷりと暮れて行く。

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